INTERVIEW茂原奈保子awai art center

アートと人と社会を
横断するグラデーション

松本市深志神社の参道でアートセンターを営んでいる茂原奈保子さん。
明治10年頃に建てられた木造二階建てをカフェ併設のアートセンターにリノベーション。
文化豊かな松本で、現代美術に触れる場所として独自の存在感を示しています。
10代まではとりたててアートに興味があったわけではないという茂原さんが、
どんな経緯で松本でアートセンターを始めたのでしょうか。

居場所がなくてなじめない

3人兄弟の真ん中で佐久で育ちました。信州大学の人文学部に入りましたが、もともとアートにふれるような暮らしはしていなくて。当時は語学や哲学に興味をもっていたので、信州大学の英語学分野(現・英米言語文化コース)に入りました。でも、大学が面白くないというか、居場所がなくてなじめないというか。それで大学2年の後期に休学してアメリカのユタ大学に留学しました。
ユタ大学は松本のような地方都市です。留学しているうちに「英語は話せればいいかな」と、言語学としての英語を学ぶことにあまり興味が持てなくなって。ただ、ユタ大学では学生の「学びたい」という意思が尊重されているのが印象的でした。1つの学部に限定的に所属するのではなくて、自分の興味ある授業を選んで横断的に受けられる環境が用意されているんですね。オバマ大統領就任の1年くらい前の時期でしたが、学生たちと教授が政治について対話している姿も印象的でした。

大切なことをしているという実感

1年ほどで留学を終えて、信州大学に復学しました。ちょうどそのタイミングで芸術コミュニケーション分野に近現代美術史を研究されている金井直教授が赴任されたんです。興味があったので2年のときからゼミに参加し始めて、3年生になったときに英語学分野から芸術コミュニケーション分野に移りました。
金井先生の授業で写真家の平川典俊さんが来られたのはショッキングな出来事でした。作品もそうですし、アーティストトークでも固定観念を覆すような言葉が交わされ、心をつかまれましたね。それまで感じたことのない衝撃でした。
芸術コミュニケーション分野は複数のゼミに参加するんです。ゼミ自体がワークショップに近くて、実践を通して社会とアートの関係を体得していくようなやり方で。3年時は一年かけて美術家の西尾美也さんの展示イベント「Costume in play」を作りました。
西尾さんは衣服を纏うことのコミュニケーションや行為をテーマに作品を制作されているアーティストです。それで、私たちは松本でいろいろな古着を集めて、旧日本軍の「松本歩兵第50連隊」の兵士をモチーフにした巨大なパッチワークを作って展示しました。当時はアートの素地もなかったですし、知らないことばかりの毎日でしたが、50連隊のパッチワーク作品を前に涙ぐんでいるおばあさんを見たりすると、いま自分は大切なことをしているという実感がありました。
卒論は自分が好きなことを対象にしようと写真家・野口里佳さんの写真論を研究しました。写真を見るのが好きで、実は高校では写真部です。

アートに触れる場所、話す場所

卒業してからは松本の郵便局で働き始めました。もともと幼いころからアートが好きだったわけではないので、自分の仕事にするなんて考えてもなかったですね。しっかり自分の時間が取れる仕事がいいだろうなと思っていました。
当時、松本に現代美術に触れられる環境はあまりない状況だったので、休日はよく東京の美術館に通っていました。

郵便局2年目に私を含めて4人が集まって、女鳥羽川沿いのビルで「凡人でごめんなさい」というアートイベントを2か月ほどやったんです。3・4階に作品展示があって、2階に「△(さんかく)ステーション」というフリースペース兼カフェがあるというスタイルで、毎週末トークイベントも行いました。
展示を見た後に寄れる場所としてカフェがあって、そこで私がコーヒーを出していました。作品を見た人といろいろおしゃべりしましたね。アートにはそういう空間が必要だなって思っていました。
当時は仕事が終わる度に△(さんかく)ステーションに行って毎日コーヒーを淹れていました。職場の同期が来てくれて、ふだんはアートを見たりしない人なんですけど、見終わってから一緒にコーヒーを飲みながら作品についておしゃべりしてたらとても面白がってくれて。アートを体験した後に「今度、いろいろ見てみよう」と鑑賞した人の心が動く姿を目の前で見れるのはとても印象的でした。

敷居が高いままに開かれていること

そんな折に東京のワタリウム美術館に坂口恭平の展覧会を見に行ったらスタッフを募集していたんです。それを機に郵便局を辞めて、ワタリウム美術館のスタッフになりました。現代美術がメインの美術館でしたし、ここでは仕事としてのアートの基礎を学びました。
次に馬喰町ART+EAT に勤めました。ここは現代美術がメインではありませんでしたが、アートとクラフトとフードをコンセプトに企画も料理もしっかりパワフルにしていて。お客として足を運んでいるときから「大切なことをやっている場所だなあ」と思っていたんです。オーナーも素晴らしい人で。ここでは1年半ほど勤めました。2つの異なるアートスペースで横断的に働いたことは結果的によかったと思っています。

学生時代は想像してなかった仕事を経験しているうちに、アートがアート好きな人のものになっている状況にだんだん違和感が出てきました。アート好きな人たちに見てもらうためには「ザ・現代芸術」の方がいいわけですが、それだと排他的になってくるんです。それは権威的でもあるし、知識がないとそもそもアートに触れることができない。閉ざされているなと思うようになってきました。
でも、私は大学時代にアートを全然知らない状態から触れて、自分の価値観を揺さぶられて、すぐに大切なものになりました。きっと他の人にとってもアートは大切なものになるはずだと思っています。アートは懐が深い側面があり、物の認識や思考の切り替えをしてくれる。敷居を下げる必要はないけれど、敷居が高いままに開かれていることが大切だと考えています。
作品を鑑賞した人と作品について言葉を交わしていく中で見え方や捉え方が変わっていく。そんな体験を重ねていくうちに早くそういう場所を作りたいと思うようになりました。

いろいろな物の間に

最初、awai art center を松本で開くつもりは特にありませんでした。ただ、すでにある場所ではなく、今はない場所でアートに触れる機会を作りたいと考えていたら松本が浮かんだんです。松本は文化土壌が豊かな場所ですが、現代美術に触れる機会は少ないなと感じていて。それと、東京への距離もそうですが、名古屋・金沢・京都などの地方都市でアートシーンが豊かな場所とも松本はハブとしての役割を地理的に持てそうでした。
店舗を探す際にほしかったのは路地に面していること、ガラスの建具で中がうかがえること、カフェとギャラリーを分けられる構造であることです。特にアートを目的にしていない人でも、街を歩いているときにふと目を止めたり、興味を持ってもらえる店舗にしたかったから。
この建物は明治10年前後に建てられたもので、見つけたときはボロボロでしたね。夫の村上慧(アーティスト)が美大の建築出身で古いビルをギャラリーに改装した経験もあるので、基本2人でこつこつ手を入れました。東京時代に知り合った『SUEKKO LIONS ©』というクリエイター集団にも内装をお願いして、ロゴも彼らに作ってもらったんです。

オープンして2年経って大変なこともありますが、続けていくことが大事だと思っています。ここでの展覧会では必ず作家とのトークイベントをやります。実際に作品を鑑賞することと同じように作家の言葉に触れるのも重要なことです。展覧会を見て、対話が生まれて、アートをめぐって様々な人が集まれる場所にしていきたいです。
awai は間の読み方のひとつなんですが、物と物の間でもありますし、0か100か決めきらないグラデーションでもある考えています。鑑賞者と作品の間だったり、社会と美術の間だったり、この場所がいろいろな物の間になりたいですね。

場所を持つということは重要ですが、それで留まってしまうことなく、流動的にそのとき一番いい形に変わっていきたいと思っています。インプットとアウトプットのバランスを整えながら、松本のアートシーンを豊かにしていくことが今後の課題です。awai art center という場所は松本で続けながら、自分自身は動き続けられればいいなと思っています。

白い壁と打ちっぱなしのコンクリの床が印象的なギャラリー。写真は小林あずさ個展「燃素」。2018年4月8日まで開催される。

信州大学に入ってからアートで価値観を揺さぶられたと語る茂原さん。大学を卒業した後も、最初はアートに関わる仕事は考えていなかった。

カフェスペースには小さな作品の展示・販売のほかに、アートにまつわるパンフレットや冊子も置かれている。

カフェスペースの向こうがアートスペース。作品鑑賞をした後にカフェでゆっくり感想をおしゃべりできる。

茂原奈保子さん
Profile 茂原奈保子さん
佐久市出身。awai art center 主宰。深志神社の参道に面する明治時代の木造二階建てをカフェ併設のアートセンターにリノベーション。松本から現代美術の接点を作り続けている。

awai art center を形づくる6つのことがら

Point 1

参道に建つ店舗

松本市深志神社の参道に面する店舗。
かつては薬局、魚屋、米屋と様々な形で
100年に渡って松本の街に関わっていた。

Point 2

併設されたカフェ

参道に面した建具から光が入るカフェスペース。
アートに関わる書籍や作品なども販売され、
喫茶や読書も楽しむことができる。

Point 3

しっかり美味しいメニュー

丸山珈琲のホットコーヒーとベイクド・チーズケーキ。
茂原さん手作りのベイクド・チーズケーキは
濃厚なのに食べやすい。セットで50円引き。

Point 4

夫の村上慧さん

夫の美術家・村上慧さんの本も販売。
発泡スチロール製の白い家を担ぎ、日本国内を移動しながら
生活した村上さんの活動は大きな話題を呼んだ。

Point 5

アートスペース

定期的に展覧会が行われるアートギャラリー。
展覧会ごとに作家のトークイベントも開かれ、
様々な会話が生まれる。

Point 6

イベント

閉園した保育園を使った音楽と美術と市場のイベント
『あそびなおす』を2017年6月に開催。
人と街とアートを結ぶイベントに300を超える人が集まった。

茂原奈保子
awai art center

長野県松本市深志3-2-1
営業時間: 12:00-19:00
定休日:展示によって異なる
awai art centerへのリンク

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