INTERVIEW殿倉 由起子株式会社太陽農場

この場所からたくさんの人をつないでいく

長野県飯田市でリンゴや野菜を栽培する殿倉さん。
野菜ソムリエプロとして生活者と飲食店・生産者をつなぐ定期的なイベントを開いたり、
りんごとシードル(りんごから作られたスパークリングワイン)の知識を持ったポム・ド・リエゾンの資格を取得したりと、
その精力的な活動は農業に関わっていない人の目もひきつけます。
聞けば元々は実家の農業がとてもきらいで、海外留学して観光学を学び、卒業後に就職したホテル業を天職だと思っていたとのこと。
そんな殿倉さんがなぜ積極的に人と農と場所をつなげる農業人になったのでしょうか。

小さいころは農業がきらいだった

小学生の頃は農業がきらいでした。休みの日や夏休みには一日手伝うのが当たり前で、本当に農業はいやだと思っていました。リンゴも良いものは出荷して、傷んだのを食べるからそんなに好きじゃなくて。
家が農業やっているから普段は休日もどこにも行けないのだけど、両親が旅行好きでたまにまとまった休みをとって旅行に連れていってくれるんですね。旅には非日常性があるでしょ。それで自分も旅行がとても好きになりました。中学生のときに英会話を習っていた縁でオックスフォードに3週間ホームステイしたりしました。

高校生のときにテレビで横浜のコンシェルジュの番組を観てすごく感動したんです。もともと地元からは出たいと思っていたので、18歳でイギリスの大学に留学してホスピタリティ学部で観光学を学びました。
スコットランドのエジンバラのホテルで1年実習(ワークプレイスメント)をやったんですけれど、とても楽しかったです。実は英語もそんなに得意じゃなかったんですが、おかまいなしにいろいろなポジションをやらせてくれました。人と直接出会える仕事ですし、いろんな人種や民族の方が当たり前のようにいる環境だったので毎日が新鮮で。ホテルの仕事は天職だと思いました。

イギリスで気づいたこと

よく聞かれるんですけど、やっぱりイギリスの料理はまずかったです。レストランで出てくる料理がちょっとびっくりするくらい美味しくなかったり、スーパーで売っている缶詰も美味しくないし、そもそも文化として食にあまり関心がない感じで。冷凍食品でいいじゃんって雰囲気なんです。中学のときのホームステイ先もそれは同じで。ステイ先の夕飯がいやで寄り道してケンタッキーとか食べていました。笑

海外で暮らしていると、それまで自分が当たり前のように食べていた母親の料理や日本の食生活はすごく豊かだったんだなあと実感しました。
風土というか、景色もそうですね。例えばオックスフォードからエジンバラに向かう電車での風景って本当に何もないんですよ。ひたすら平野が続く感じなんです。地元にいるときは何とも思っていなかった飯田のあの景色。中央アルプスがあって南アルプスがあって、天竜川が流れていて、あの景色が本当に豊かだったんだなあと。それは海外にいって初めて気づいたことでした。自分にとって山がとても大切な存在なんだということも。
もともと自分は最初大嫌いだったものが、別の見方を発見して大好きになるという傾向があるんですが、イギリスに行ったことでその発見はありましたね。自分が暮らしてきた飯田の自然や食もそのひとつです。今では大好きになりました。

地元に戻ったきっかけ

イギリスで実習したつながりで東京のホテルで働くことになって、やっぱり楽しかったですね。フロントで1年、予約課で2年働きました。夫ともそのホテルで出会いました。
そんなときに祖母が亡くなって、一度ホテルを辞めて実家のリンゴを手伝ったんですが、やっぱり農業はいやだなと思っていました。そのときはホテルでの仕事と逆のように見えたんです。家と畑の往復で人と全然会わないし、美味しいものを作ろうという目標も見えなかったし。実家で半年やっているうちに縁あって同じホテルに戻ったのですが楽しかったですね。やっぱりホテル業は天職だなと。笑

結婚した夫はオーストラリアで育って大学はアメリカという本当に外国人みたいな人なんですが、結婚したときからいつかは農業をやりたいと言っていました。私も農業はやりたいとは思わないけれど「子育てするなら長野かな」くらいには思っていたんです。どうせ帰るなら、といろいろ調べて、当時まだ珍しかった野菜ソムリエの資格も取ったり。でも私の父は「そんな簡単なものじゃない」と反対していました。
東日本大震災が起きた年に夫婦そろって飯田に帰りました。2011年6月のことです。実家の農業を夫婦で手伝うようになったけれど、やっぱり辛かったです。夏の暑い時期の作業というのももちろんですけど、当時は自分たちで開拓した仲間がいなくて、「父や祖父がつくったコミュニティしかなかったのがしんどかったんだ」と今振り返ると思います。

かっこいい!を見つけた

いろいろしんどい中で、せっかく資格をとった野菜ソムリエをちゃんとがんばってみようと長野県の野菜ソムリエの活動に参加するようになってから一気に広がりが生まれました。
『やさいWave IIDA』のイベントに参加したら、主催していた野菜を販売している生活菜園の塩澤さんが野菜ソムリエの資格があるなら一緒に何かやろうよと声をかけてくれたんですね。それがきっかけで下井泉さんと『南信州ベジフルユニットYUISAI』 を作りました。そこで生まれたYUISAI での活動(飲食店と生産者のコラボイベント)は今も続いています。

野菜ソムリエの活動からつながった地元の農業青年クラブ『かたつむりの会』に行ったら普通におしゃれな若い農家たちが沢山いてびっくりしたんです。今まで父と祖父のコミュニティしか知らなかった自分にとっては驚きでした。いったいどこにいたんだろうっていうくらい。笑
そこでまた紹介された長野県農業青年クラブの『PALネットながの』に行ったら衝撃的で。やっていることがとにかくかっこよかったです。PR動画やパンフレットを積極的に作ったり、セミナーで講師をしたり、全国大会に参加したり。「農業はかっこいいんだ」ということを本気で信じて実践していました。
今思うと株式会社ベジアーツの山本さん、アスパラマル株式会社の吉見さん、小澤果樹園の小澤さん、株式会社アグレスの土屋さんなど、当時の役員たちが全国的に有名な農業人ばかりだったんですね。小澤さんがやっているクラフトサイダーを普及するためのFar East Cider Association のイベント動画なんてかっこよすぎて衝撃でした。
素直にすごいと思ったし、同時に負けられないと思いました。彼らのおかげで見方が変わって、農業には可能性がとてもあるんだと実感したんです。農業を本気でやっていこうと思うようになりました。

農業のこと、南信州のことをたくさんの人に伝えていきたい

「野菜・果物と人・地域を結ぶ」をテーマに『南信州べジフルユニット YUISAI』でレストランイベントを定期的にやっているんですが、生産者さんはやっぱり喜んでくれますね。メジャーじゃない野菜をこつこつ育てている方は特に。料理人さんも楽しみながら、でも生産者さんの話を聞くときはとても真剣で。イベントを続けるのは大変な点もあるんですが、やっぱりやってよかったなあと思います。
イベント以外にも中日新聞で旬の野菜コラムをYUISAI で連載させてもらったりしているうちに、地元を歩いていると農家さん以外にも声をかけてもらえるようになりました。自分と同世代の友だちがけっこういるんですね。一見、友人たちは農業と関係なかったとしても、ちょっとイベントを手伝ってもらうと人によって得意分野がいろいろあるんです。デザインをやってもらったり、DJやってもらったり、動画を作ってもらったり。そんな風に一緒に何かをやっていると、気づいたら農家の友人とバレエ講師の友人が結婚したりして。笑
生産者とレストランを結ぶだけでなく、地域や暮らしている人々、生活者や販売者、行政や観光、地方や全国と様々なことをつないでいけるのが農業なんだと思うようになりました。『PALネットながの』の会長になって全国の生産者とお会いする機会が増えて、北海道にも熊本にも美味しいものを作ろうとがんばっている人たちがたくさんいるんですよ。農業は「人」がとても大切だと思います。

南信州という言葉が定着し、ここに住む人たちが誇りを持つようになってきたと感じています。昔は飯田は仕事もあまりないし、若い人も出ていくし、というイメージがあったんですけど。大人がそうやって地元を見ていると、それが子どもにも伝わるということもあるだろうなと思います。逆に、自分の住んでいる場所を「いいところだな」って大人がもっと思うようになれば、それはこれからも地域に根ざして伝わっていくと思っていて。
そうやって農業のこと、南信州のことをたくさんの人に伝えていきたいです。特に自分たちの上の世代の農業人たちがかっこよくがんばっていたので、自分もそうでなくてはと。

近い将来はサイダーバーがあるゲストハウスをここに作りたいと思っています。泊まる人以外も使えるようなカフェタイプにして。飯田のシンボルでもある風越山が見えるこの場所に作れたら、南信州のよさがまたひとつ伝えられるんじゃないかなと思っています。

太陽農場のリンゴ畑。間隔を狭く植え、木を小型化する高密植栽培で太陽の光がリンゴ一つひとつに行きわたるように工夫されている。つがる、シナノスイート、シナノゴールド、サンふじの4品種が育つ。

飯田市は南アルプスと中央アルプスに囲まれているために台風の被害も少ない。取材当日は中央アルプスに雨上がりの雲が幻想的にかかっていた。

リンゴ畑から車ですぐの場所に建つ木曜クラブハウス。殿倉さんのお父さん世代が約三十年前に共有スペースとして建て、今も現役で人と人をつなげている。

木曜クラブハウスのすぐ隣にあるゲストハウス候補地。眼下には天竜川が流れ、殿倉さんが大好きな風越山が空の向こうにいつでも見える。

殿倉さんを形づくる6つのことがら

1高密植栽培でより美味

高密植栽培で育つリンゴ畑。日当たりがよくなり、糖度が増して甘いリンゴが育ちます。殿倉さんが大好きなのはシナノゴールド。

2シードル

ポム・ド・リエゾンの仲間4人と一緒に作った『ポムガールズ』と、太陽農場オリジナルの『Hello! シードル』(試作段階の非売品)。長野は農家主導のシードルが盛んな地でもあります。

3南信州ベジフルユニットYUISAI

2012年に下井泉さんスタートしたYUISAIは野菜生産者とレストランを結ぶコラボイベントを定期的に開催。地元を歩いていると声をかけてもらえるように。

4木曜クラブハウス

殿倉さんのお父さん世代が共有スペースとして約三十年前に建てたログハウス。今では市の農業体験や学生サポーターのフィールドスタディの交流の場としても活用。もちろん飲み会にも使う。

5かっこいいこと

そのかっこよさに殿倉さんが衝撃を受けたFar East Cider Associationのイベント動画。「クラフトサイダーを日常に。」をコンセプトに果樹農家である宮嶋伸光さん(小諸市)・小澤浩太さん(大町市)が試飲会等イベントの企画・運営などを通してクラフトサイダーの普及活動を行っている。
動画を見る

6飯田市の自然

いつでも見上げると風越山を中心とする山々が見えて、天竜川が流れていて。近い将来、この場所にサイダーバーがあるゲストハウスが誕生するかもしれない。

殿倉 由起子
殿倉由起子さん

農家、野菜ソムリエ、ポム・ド・リエゾン。2016年度、2017年度『PALネットながの』会長。イギリス留学、ホテル勤務を経て、実家で就農。実家の株式会社太陽農場を営みつつ、『南信州ベジフルユニットYUISAI』で地元・南信州の野菜・果物の魅力をレストランイベントや講座、ラジオ出演、新聞連載などで幅広く発信。

株式会社太陽農場 南信州ベジフルユニットYUISAI

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